第9回日本ラブストーリー大賞 1次選考あと一歩の作品(12)

『はつ恋 サイトウと僕と斉藤さんの夏』/西尾 諒 

 あらすじ&コメント

東堂は15年間勤めた会社を辞め、小説家を目指している。ある日、図書館に行った彼は、すれ違った女子高生を見て驚く。その少女は、東堂の中学時代の初恋の相手、斉藤由紀子にそっくりなのだ。聞けば彼女は斉藤総子といい、由紀子の娘だという。由紀子は父親を明かさないまま総子を一人で育て、総子が5歳のときに亡くなっていた。東堂は、母と死別し父親も分からない総子の心の痛みを思い、由紀子の生前の事情を明かそうとする。

文章が達者で瑞々しく、流れるように読みやすいです。東堂の中学時代の回想シーンもビビッドに描かれていて、とても好感がもてました。総子の育ての親やレストランのマスターなど、脇を飾る人物たちもいきいきと描かれています。惜しいのは、全体に話がさらさらと進み過ぎ、物語の起伏を感じにくい点です。胸がざわざわとするような恋の予感や、人を好きになるときの複雑な思いや心の揺れなどが、もっと描かれていたらと思います。また、登場人物の誰もがいい人で、もめごとがないのも気になりました。好みの問題もあるでしょうが、たとえば、東堂と由紀子、もしくは東堂と総子、東堂と怜といった人間関係の間にすったもんだがあるなど、トラブルめいた事柄もあったほうが物語が鮮やかに立ち上がり、よいテンポで転がって、より印象深い作品になったのではないかと思います。

あと一歩の作品一覧に戻る

一次通過作品一覧に戻る